●いのちは土につながっている
僕は、”腐植物質”というモノにこだわって事業を行ってきました。もともと技術屋なので、科学的な根拠に基づいて客観的に腐植の持つ効果や機能をみてきました。腐植について調べれば調べるほど、何か科学では解明できないナニかがあると思っています。今日は誤解を恐れず、そんな非科学的なことを書いてみます。
そもそも腐植物質というのは、生物体由来の有機物が土壌中で微生物で分解され、再合成されたもので、化学的には「不定形の高分子有機化合物」というものです。本来、人間を含めた動物や植物などの生命体はその一生を終えると土に還ります。息絶えて土の上で死ぬと、一部は他の動物の餌になり、残りは土の微生物によって分解されていきます。分解といっても微生物の餌になるわけで、その過程で出来るアンモニアやリン酸などは植物の栄養素として植物に使われます。やがて生命体は無数の微生物に吸収されその微生物も息絶え、やがて、土の中の金属などの作用を受けて、腐植物質となって土壌中に長期間固定されます。腐植物質は微生物によって分解されにくい性質があるのです。いわば、有機物の絞りカスというか、生命体の最後の形なんです。
これが土壌に入ると、糊のように土壌粒子を接着し、いわゆる団粒構造というのを作ります。団粒構造というのは、土壌粒子がゆるく接触している状態で、粒子と粒子の間には隙間がたくさんできます。ここに水や空気を溜め込むことができるのです。だから、腐植のたくさんある土というのは、空気をふくんでフカフカで、水を保持するのでしっとりとしています。だから、植物の生育に適しているのです。空気と水があれば微生物もたくさん住むことができるし、微生物を餌とする昆虫や小動物などもやってきます。多様な生物層が構成されるのです。
つまり、われわれ生命体は最終的に土に還ると、腐植となり、次の生命を生み出す環境を土の中に作り出すのです。土の中では無数の生命体が相互に作用して存在しています。当然、動物や植物にとって、歓迎できない病原菌などもいるでしょう。でも、その病原菌も他の多くの微生物、動物の中に入ると、ワルさができないのです。これが生物多様性の良いところです。生物層が単純化してしまうと、利害関係も単純化してしまい、複雑性が失われます。複雑性の中で秩序を保ち、平衡状態を維持していたものが、その関係がくずれるとたちまちワルさをするヤツが出てきます。
考えてみたら、人間の社会と一緒です。
われわれの口にする食べ物も、身体に良いものばかりではありません。天然界では、身体に悪いものも合成されます。毒草を食べて食中毒になるというのもその一例です。普段、当たり前に食べているものでも、毒はあります。でも、適当な量を食べることと、他の多様な栄養素などの相互作用によって、人体に影響が出ないだけなんだと思います。だから、昔から好き嫌いなく、いろんなものをバランスよく食べなさいといわれているのです。
アレルギーについてもそうです。特定の食べ物で発症するアレルギーは、昔は少なかったといわれています。でも、アレルギーの原因物質、アレルゲンは昔からあったはずです。でも発症しなかった。昔は、肥料などはなく、家畜のふん尿などで堆肥をつくって畑にいれていたから腐植が豊富だったはずです。今より収穫量はなかったかもしれませんが、多様な生物層を持つ土壌中で育った野菜にはアレルギーを抑える力があったのかもしれません。
最近、アレルギーを防止するために、化学薬品を使っていない天然素材を選択する人が増えています。食べ物でも、化学農薬や化学肥料を使わない、有機栽培を求めています。おそらく、一定の効果があるのでしょう。でも、化学肥料を使わないこと以上に、生物多様性のある土壌で作物を育てることが大事なのではないでしょうか?つまり、腐植物質がたくさん含まれるということです。
有機農業には土づくりが大事といいますが、土づくりっていったい何なんでしょう?明確に答えることが出来る人がいますか?僕は腐植が豊富で生物層の豊かな土だと解釈しています。
逆説的に言えば、化学肥料を使っているかどうかが問題ではなく、増収のために化学肥料を適切に使っても化学肥料だけに頼らない、豊かな生物層を持つ土壌をつくることが大事だと思います。産業として農業を営むためには、収量が必要です。自然界では、生物は多様性にシフトします。究極の形が原始林でありジャングルです。
中学校で、植物遷移というのを習った記憶があります。裸地も長い時間をかければやがて森林になります。その気候に適したクライマックスというのがあるのです。
農業は、その遷移の過程をいったん停滞させて、一種類の作物を育てることを言うのです。停滞というのは生物層が複雑になるのを停止するということです。
自然の持つ遷移を止めようすることは、自然の摂理で多様性をつくろうとする雑草(その作物にとって)を抜くことだったり、害虫(その作物にとって害)を駆除することなのです。
今ある農地が自然のままの姿ではなく、クライマックスに向かう途中だということを忘れてはならないと思います。







