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2008年03月04日

●土から離れると腐る

 「食」と「農」を考えるなんて言ってるけど、「食」と「農」があまりにも離れてしまった。ということが、さまざまな社会問題の原因のひとつだと思う。さらに言えば、生活が自然と離れすぎてしまったということ。

 「食」の履歴を問うこと自体、「農」の現場と「食」の現場が離れすぎてしまったからで、中国産に限らず、われわれは毎日、口にするものの背景を考えることをしなくなった。

 その割には、口に入ってから後の健康機能がどうだとか、安全がどうだとかということには関心がある。要は、われわれ現代人の思考は、口から入って体外に排出するまでしか考えなくなった。

 物質的に考えると、食べ物が人間の口に入ってから体内で代謝されて排出されるまでの時間なんてせいぜい1日ぐらいのもので、食べ物のライフサイクルから見れば、一瞬の出来事である。

 農学部に入ってくる学生に「芋」が土の中でできることを知らなかった子がいるそうだ。

 「入って出るまで」しか関心のない人にとっては、芋がりんごのように木になろうが、土の中にあろうが関係ないといえばそれまでだ。もしかしたら、何だかわからないものを食べている可能性がきわめて高い。加工食品が普及すればするほど、原料が何かわからなくなる。

 この芋のなり方を知らなかった学生は、親に芋のことを知らされていないし、芋堀り体験もしたことがなかったのだろう。

 考えてみれば、これほど無防備な考え方は無いわけで、食品テロを許す温床がわが日本国では出来上がっている。それは生産者が悪いとか、流通が悪いとかいうのではなく、もっと根本的なものである。

 「農」と「食」は、「健康」や「環境」とも深い関係性があるので、これらを連続的にとらえて「自然」の中にある「人間」という考え方を徹底する必要がある。

 人間の生活は自然の一部であり、生活を自然に調和させなければ持続的な発展は望めない。

 

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